大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)987号 判決 1998年3月31日

主文

一  被告は原告に対し、金九〇万円及び内金三〇万円に対する平成九年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告に対し、平成一〇年から平成一五年までの間、毎年六月及び一二月の各月末限り金三〇万円、平成一六年六月末日限り金三〇万円、同年一二月末日限り金二〇万円を支払え。

三  原告の養育料の請求にかかる訴えを却下する。

四  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

五  この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一七〇万円及び内金五五万円に対する平成九年三月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は原告に対し、平成一〇年から平成一五年までの間、毎年六月及び一二月の各月末日限り金三〇万円、平成一六年六月末日限り金三〇万円、同年一二月末日限り金二〇万円を支払え。

3  被告は原告に対し、平成一〇年二月から平成二七年一一月一七日までの間、毎月末日限り一か月金五万円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告とは、平成六年六月二四日に婚姻した夫婦であり、二人の間には長男太郎(平成七年一一月一七日生、以下「太郎」という。)がいるが、平成八年一〇月一五日、同人の親権者を原告と定めて協議離婚した。

2  原告と被告は、平成八年一〇月五日、離婚に伴う慰謝料及び太郎の養育料に関し、左記のとおりの合意をした(以下「本件合意」という。)。

(一) 被告は原告に対し、離婚に伴う慰謝料として五〇〇万円を、被告の賞与の際に三〇万円ずつ分割して支払う。

(二) 被告は原告に対し、太郎の養育料として同人が成人に達するまで、毎月五万円ずつ支払う。

3  しかるに、被告は現在まで本件合意に基く金員を支払わず、今後ともこれを支払う見込はない。

4  よって、原告は被告に対し、本件合意に基づき、左記のとおりの金員の支払を求める。

(一) 弁済期の到来した慰謝料九〇万円と平成八年一〇月分から平成一〇年一月分までの未払養育料八〇万円の合計一七〇万円及び内五五万円(平成八年一二月分の慰謝料三〇万円及び同年一〇月から平成九年二月までの五か月分の養育料二五万円の合計額)に対する弁済期後である平成九年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金

(二) 慰謝料として

平成一〇年から平成一五年までの間、毎年六月及び一二月の各末日限り三〇万円、平成一六年六月末日限り三〇万円、同年一二月末日限り二〇万円

(三) 太郎の養育料として

平成一〇年二月から平成二七年一一月一七日まで毎月末日限り一か月五万円の割合による金員

二  請求原因に対する認否及び被告の反論

請求原因1ないし3の事実は認める。

本件合意は被告の真意に基くものではないから無効である。何故なら、離婚は原告が要求したものであり、被告には離婚について責められる事由はないから、離婚に伴う慰謝料を支払わなければならない理由はない。しかるに、原告はあらかじめ本件合意内容を記載した書面を準備し、被告に署名捺印を迫ったため、被告は深く考えることなく右書面に署名押印してしまったものである。よって、本件合意は被告の錯誤に基づくものであるから無効である。

また、右書面には被告名義の郵便貯金約一〇〇万円を原告に贈与する旨の記載があり、これに従い原告は右郵便貯金約一〇〇万円を取得しているのであり、太郎の養育料としては十分であるし、これに加えて毎月五万円もの養育料を支払う経済的資力は被告にはない。

三  被告の反論に対する認否

本件合意に関する被告の反論は否認ないし争う。本件合意は原・被告間で十分話し合われた結果成立したものであり、無効とされる理由はない。

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  本件合意の効力について

1  請求原因1ないし3の各事実は、当事者間に争いがない。

2  ところで、右争いのない事実に加えて、証拠(甲三、五ないし八、原・被告及び弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

原・被告は婚姻当時、被告の会社員としての給与収入と原告の実家からの経済的援助により生活していたが、婚姻生活を続けるうちに原告は被告が多額の借金を抱えていることを知ったこと、そこで原告は被告にその借金の使途の説明を求めるなかで不和となったが、平成八年八月二五日には、その返済計画についても話し合い、被告の車を売却する、携帯電話は売却する、原・被告の親から援助を受ける等の方法によりその借金を返済していく旨の約束をして夫婦で再出発をはかろうとしたこと、しかしながら被告がすぐにでも実行できる車の処分や携帯電話の売却さえ実行しないこと等から、原告は被告に対する信頼を失い、離婚もやむを得ないと考え、同年一〇月五日、原・被告間で離婚について話し合ったこと、そして、太郎の親権者を原告として協議離婚することとして原告の準備してきた協議離婚届出用紙にその旨記載してそれぞれ署名押印したこと、引き続いて原・被告は離婚に伴う慰謝料及び太郎の養育料について話し合い、一六〇〇万円の支払を要求する原告とこれを拒否する被告との間で交渉した結果、被告は原告に対し慰謝料として五〇〇万円を被告の賞与時である毎年六月と一二月に三〇万円ずつ分割して支払うこと、太郎の養育費は同人が二〇歳になるまで毎月五万円ずつ支払うことで合意したこと、そこでこれを書面化することとし、甲三の合意書を作成して原・被告が各々署名押印したこと、右合意書には被告名義の郵便貯金九八万七〇〇〇円は原告に贈与すること、原告が結婚道具として持参してきた家具、電化製品は被告に贈与することのほか被告の太郎に対する面接交渉についても記載されていること、そして、原・被告は同月一五日付けで協議離婚したこと、被告は毎月の手取給与約一二万ないし一五万円、賞与約五〇万円、年収約五〇〇万円の給与収入を得ているが、家賃、会社に対する借入金の返済、車のローン等のため毎月五万円の養育料は支払えないとして離婚後全く支払わず、現在も給与収入や生活状態にさしたる変動はないため、太郎の養育料として毎月二万円程度なら支払う旨表明していること

以上の事実が認められるところ、これによると、本件合意について被告には何ら意思表示の瑕疵はみられないのであり、被告が本件合意をするについて錯誤があったとの主張は到底採用することはできない。

二  養育料の給付請求について

ところで、原告は本件合意に基づき太郎の養育料も請求するところ、これについて、太郎自身でなく(つまり原告が太郎の法定代理人としてではなく)原告自身の請求として可能かどうかの点はさておき、民法は、扶養の程度又は方法について、まず当事者間で協議して定め、当事者間の協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家庭裁判所が扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して定めるものとし(民法八七九条)、また、協議又は審判があった後に事情に変更が生じたときは、協議又は審判の変更又は取消をすることができるとし(同法八八〇条)、これを受けて、家事審判法は扶養に関する処分を審判事項とし(家事審判法九条一項乙類八号)、その手続は非訟手続によることと定めている(同法七条)ので、原告は被告に対し、本件合意に基づく太郎の養育料を訴訟手続により請求することができるかどうかは一個の問題である。

この点について、本件のように当事者で成立した合意(協議)に基づく養育料の請求は訴訟事項であると解する立場もあるが、当裁判所は、協議が調停調書、和解調書又は公正調書のような執行力ある書面により成立している場合はともかく、協議が右のような執行力のない書面又は口頭により成立している場合であって、相手方がその協議の成否ないし効力を争い、右協議に基づく履行をしないときは、審判手続によるべきものと解するのが相当と考える。何故なら、協議に代わる審判は公開主義、弁論主義の採らない非訟手続によることとされているし、仮に養育料に関して訴訟手続により給付判決をしても事情変更の生じる事態は容易に予想され、右事情変更による取消・変更の必要が生じることは否定できないところ、民法八八〇条で取消・変更の対象とされているのは協議又は審判のみであり、判決については規定していないからである。右に関し事情変更の生じた場合には、扶養義務者はまず判決の前提となった協議の取消・変更を求め、しかる後に右取消・変更による実体関係の変動を理由に請求異議の訴えを提起し、給付判決の執行力を排除することができるとの反論もあるが、いかにも迂回に過ぎ、採用することはできない。

しかも、本件において、原告による被告名義の郵便貯金九八万七〇〇〇円の取得が太郎の養育料の趣旨を含んでいる可能性もないとはいえず、また養育料に関する本件合意が原・被告間で太郎の要扶養状態、原告及び被告の資力その他の事情を考慮して定められたものとは言い難いことも指摘できる。

よって、本件合意に基づく養育料の給付請求は訴訟手続ではなく審判手続によるべきであるから、不適法な訴えとして却下を免れない。

三  次に、本件合意に基づく慰謝料五〇〇万円のうち、九〇万円は既に本件口頭弁論終結時までに弁済期が到来しているが(平成八年一二月分、平成九年六月分、同年一二月分計九〇万円)、その余の四一〇万円については未だ弁済期が到来していない。しかしながら、被告は本件合意に基づく履行を全くしていないことやその応訴態度からすると、今後も被告には毎年六月、一二月の賞与時に三〇万円ずつの分割支払を期待することのできないことは明らかである。よって、右四一〇万円にかかる将来の給付請求もこれを認める必要がある。

四  以上の次第で、原告の本訴請求中、弁済期の到来した慰謝料九〇万円及び内三〇万円に対する弁済期後である平成九年三月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求、平成一〇年から平成一五年までの間、毎年六月及び一二月の各月末限り金三〇万円、平成一六年六月末日限り金三〇万円、同年一二月末日限り金二〇万円の慰謝料の将来の給付を求める請求はいずれも理由があるから認容し、その余の養育料の請求にかかる訴えは不適法であるから却下することとし、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例